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サービスニュース-第52巻 第1号-2

2016年01月08日

ワイシャツの形

ワイシャツのボディプレスのセットの位置が決まらなくて、結果、ワイシャツの仕上がりが安定しないという例をよく見かけます。当事務所の井藤が言うには「肩の位置を決めないでネックを先に止めたり、背中を引いてしまうので、前立てが曲がる、左右の脇が異なって仕上がる」「手直しを仕事の一部と考えている人が多すぎます」。
従って、ボディプレスを教えるときには、最初に肩の位置を決め、その結果前立てが曲がらないことを教えるそうです。
しかし、考えてみると、作業をする女性はワイシャツを着ないので、どのような形が望ましいのか解らないのです。
肩の位置とは、袖付けの所で肩(ヨークが)前後ほぼ同じ位置に来ることです。ワイシャツは出来上がりが「平らに」なる商品です。これは、販売されているときのワイシャツを見るとよく解ります。すなわち、このように仕上げるのが良いのです。
写真(2-1)を見てください。点線で示した背中のヨークラインが右の袖付けの所で前のヨークラインとほぼ同じ位置にあります。厳密にはチョット背中の方が高い位置となります。
シャツの真ん中、肩の一番高い位置は首の付け根と同じです。このように仕上げられると、シャツは平らにキレイにたためるのです。
また、首周りの衿の折られ方を見てください。このようにキチンと折られていないと、ネクタイを締めたときにだらしなくなるのです。クリーニング後の衿の仕上がりは、概してこの折り方が甘いのです。

写真2ー1 肩(ヨーク)の位置
写真2ー1 肩(ヨーク)の位置

チョット位置を変えてみました

先日、会社の幹部の方とお店をまわっていました。あるお店で、入口が隠れるようにノボリが置かれていました。
この方はすぐにノボリを左端に移動しました。間口が広くなったように感じられ、店内がスッキリと見えるようになりました。
ただし、後で写真を見ると、ドアはせめて片方だけでも開放しておくと良かった。写真は、黄色のノボリを入れて撮らないとなんだか頼りない印象がする(それだけ黄色のノボリは目立つ)と思いました。
 

写真2-2 のぼりが中央に
写真2-2 のぼりが中央に
写真2-3 のぼりを左端に
写真2-3 のぼりを左端に

QMランドリー

築地市場移転にともない、市場の現在に至る経緯を本に残すのでと「築地魚市場銀鱗会」の福地享子氏から、市場以前の状態をと問い合わせがありました。そのお話しを聞いてからいろいろと調べたのですが、わずかに父・毛利可淳の記したものがあるだけで、さして資料・写真は残っていませんでした。
東京・築地(現在の魚河岸、青果市場)に、GHQ(占領軍)のQM(クォターマスター・補給部隊)のランドリー工場が作られたのが、昭和21年(1946年)でした。
ランドリー用の総面積3890坪(内工場建坪2000坪)とありますから、現市場の総面積23ヘクタール(3025坪)よりも広かったわけです。現在では想像も付かない巨大ランドリー工場です。
我が国の、現在のクリーニングを語るには欠かせないエポックとなった、QMランドリーなのですが、現在このことを語れる人が殆どおりません。これは、既に70年の時を過ぎてこの頃を知る人が極端に少ない、米軍内のことであり極端に記録が少ない事によります。
この頃の記録として、毛利可淳が残した8mmフィルムとスライド2巻が記されていますが、8mmフィルムは損傷がひどく見ることが出来ませんし、スライドは紛失してしまいました。
わずかに残っているのが、下の写真と名簿の一部です。なお、米国陸軍の洗濯教程書「T-M-10-354」訳・毛利可淳、刊・株式会社白洋舎QMランドリー運営本部の本の中にも写真が少しありました。
 

写真2-4 マーク(入荷)
写真2-4 マーク(入荷)
写真2-5 工場内風景
写真2-5 工場内風景
写真2-6 洗い場前景
写真2-6 洗い場前景
写真2-7 浜松町時代の洗い場
写真2-7 浜松町時代の洗い場
写真2-8 社内報(昭和27年)
写真2-8 社内報(昭和27年)
写真2-9 QM染色研究会有志
写真2-9 QM染色研究会有志
写真2-10 教程本の訳本
写真2-10 教程本の訳本
写真2-11
写真2-11
写真2-12 プレス機の仕上げ
写真2-12 プレス機の仕上げ


 

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